トミーウォーカーのPBW「シルバーレイン」のPC、アストラム・ヒッペアス(b52617)・霜月蒼刃(b52626)2名(+α)と同PBW「サイキックハーツ」のPC霜月蒼刃(d04677)・蒼城飛鳥(d09230)による日記等の雑記です。割と頻繁に背後も出てきますので苦手な方はご注意ください。基本的に背後はとっても痛い人です。
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彼女に手向けるprimrose
2013-10-30 Wed 16:43
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内容は変わりません。→ここ


◆1日目

「ハル。ねぇ、ハル」
 声が聞こえる。
控えめで、優しい声。
聞くだけで癒される、愛しいこの声は――

「篠田!おい、起きろ篠田!!」
――騒々しい男の声にあっさり遮られた!!!
「…栗原、うるせー」
 不機嫌を露にしながら、体を起こし、目をこする。
目の前には、いかにもモテなさそうな強面の男が一人。隣の席の栗原徹だ。
寝起きに男の顔とかどんな罰ゲームだよ!
「起こしてやってんのになーにがうるせーだよ!奥方様がお呼びだぜー!」
 見れば、いつの間にか晶が弁当の包みを手にして俺の席までやってきていた。
一之瀬晶。幼馴染にして、俺の恋人。
男性が苦手な彼女は、大声を上げる栗原に少し怯えたように距離を取って立っている。
その姿を見て直前まで微睡みの中にいたぼんやりとした頭が、ようやく覚醒してくる。
どうやら今は昼休みらしい。そこに思い至った途端、思い出したように腹が「くー」と鳴った。
「…お弁当、持ってきてないよね?ハルの分も作ってきたから、一緒に食べよ?」
「っかぁーーー!!!愛妻弁当だってよ、羨ましすぎるぜこの野郎!!」
 オーバーアクションで俺の背中をどん!と叩く栗原を、絶対零度の冷めた視線で見つめてやる。
「…やらんぞ?晶はもちろんの事、弁当も。一口たりともな」
「お前らの間に入れるなんて思ってねーよ!
つか弁当の一口位ならいいだろ!?畜生、このリア充めーーっ!!」
 滝のような涙を流しながら走り去る栗原。
その背をおろおろと見送りながら、晶がポツリとつぶやいた。
「ちょっと、可哀想な気も…。
一口くらい栗原くんにあげても沢山あるから大丈夫だったのに…」
「駄目だ」
「で、でも…」
「俺が全部食う。晶の作ったものを他の男になんかやれるか」
「え、えぇ!?」
 面白いくらいに晶が真っ赤になる。
まったく。付き合ってるんだからこのくらいの台詞で赤くなるなよ。
本当純情なんだからな、晶は。
「…そ、その。あり、がと…?でも、ハル」
「…なんだよ?」
「……もしかして、自分で言って照れてる?」
 ―――図星だった!!
頬が熱い自覚はありすぎるほどにある。
多分、傍から見てもわかる程で、だからこそ晶にも指摘されてしまったんだろう。
くそ、慣れない台詞なんていうもんじゃないな…!!
「んなことないってっ。とにかく、せっかくの弁当なら外にでも行こうぜ。教室じゃ味気ないしな」
 半分以上照れ隠しに、弁当を掴んで立ち上がる。
勿論、何処へ、等とは考えていない。
俺は、今が真夏の昼休みであるという事を完全に失念していた…!

        ◆

 夕暮れを眺めていた。
日中は生徒で溢れかえる教室も、この時間になれば誰もいない。
帰宅部ならとっくに帰っているし、部活のあるものは部室やグラウンドにいるからだ。
こんな時間まで教室にいる酔狂な人間は俺位なものだろう。
グラウンドで練習する生徒たちの声だろうか。
遠くに聞こえる喧騒と、夕暮れの優しい光だけが教室の中を満たしている。
俺は窓際の自分の席でただ無心に、朱に染まる空を眺めていた。

―――いや。
無心、じゃない。
今の俺の心を満たすのは―――。

「…晶?」
 不意に視線を感じて振り返れば、教室の入り口で、晶がこちらを見ながら微笑んでいた。
振り返った俺の表情は、恐らく、逆光になって晶からは見えていない。
そうであることを祈りながら、俺は慌てて声を上げた。
「なんだよ、部活終わったのか?なら、声かけてくれればいいのに」
「…うん。でもほら…」
「…?」
「なんでも、ない。帰ろっ」
 今度は晶が慌てたように言う。
「…まぁ、いいけどな。んじゃ、帰るか」
 俺は鞄を掴むとそのまま肩に担ぐ。
帰宅部の俺と、家庭科部の晶。
本来なら、帰宅時間なんか合わないのだけれど。
晶の部活が終わるまで待ち、一緒に帰る。
それが、俺たちの日課だった。

        ◆

「ねぇ、ハルは部活入らないの?」
「めんどい」
「でも、ただ待ってるの退屈じゃない?」
「別に。寝てりゃすぐ過ぎるしな」

「それにしても今日のハルはおかしかったな。ふふ。自分で外に行こうって言ったのに、『こんな炎天下で食えるかー!!』だもん」
「…うっかりしてたんだよ」
「中庭の木陰、空いてたから良かったけど。そうじゃなかったら大変だったよ?」
「だからうっかりしてたんだよ!すみませんでしたっ!!」

 そんな、他愛もないやり取りをしながら、ほんの少しだけ、遠回りをして帰る。
いつもの帰り道。いつもの二人。
ささやかな時間は、そう長くもなく、終わる。
 坂道を登り切った、晶の家へ続く道との、分かれ道。
幼馴染、とはいえ隣同士という訳じゃない。
近所に同年代の子供は俺たちだけだったから仲良くなったけれど、家自体は多少離れている。
此処からは二人、別の道だ。
「また、明日」
「ああ、また明日な」
 軽く手を振って、別れる。
俺は、遠ざかる晶の後姿をいつまでも見つめていた。



◆2日目

「おはよう、ハル」
「ああ、おはよ。ふぅぁ…」
 思わず漏れたため息に近い欠伸に、晶は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「あれ?ハル、寝不足?大丈夫?」
「あー…ちょっと面白いゲームがあってさ。やめ時を見つけられなかったんだ」
 頭をボリボリとかきながら答える俺に、む。と晶は眉を吊り上げて見せた。
「駄目だよ、夜はちゃんと寝ないと。昨日もお昼休みの前の4限目、寝てたよね。
授業中寝てるのが先生に見つかったりしたら怒られるよ?」
「…当てられそうになったらこっそり起こしてくれると助かる。もしくは代返。俺は寝てません、起きてます、ってな」
「ええええ!?代返って…無理だよ、私とハルじゃ声が全然違うんだからっ。それに、席も離れてるし」
「そこは気合いと演技力と愛の力でカバー!」
「む、無理だよー。って、あ、愛!?」
 見る間に真っ赤になる晶。
けど、俺はそれには気づかないふりをしてすっとぼけてみせる。
「あれ、もしかして、ない?」
「そ、それは、その…無い訳ない、っていうか…でもその…」
「…くくっ」
 こらえきれずに漏らした笑いに、晶がはっとした顔になる。
からかわれたと分かったのだろう。今度は別の意味で顔が真っ赤になる。
「!?も、もう、知らないっ!!」
 怒って先を歩く晶の背中。
怒りでやや速足になりながらも、決して本当には俺を置いていこうとはしないそれを見つめながら。
――俺は、眠れなかった本当の理由に思いを馳せて、再び心を重くしていた。
心の重みに合わせて、わずかに重くなった俺の足取りに気づいたのか、怒って先を歩いていた晶が立ち止まる。振り返ったその瞳に浮かぶ色は、怒りではなく、心配。
俺の彼女は。一之瀬晶は、何処までも優しい女の子なのだ。
「ねぇ、ハル」
「…ん?」
「悩んでいる事があったら、言ってね。私にできる事なんて限られているかもしれないけど…」
 胸元でその小さな手をきゅっと握りしめながら、真剣な瞳を俺に向ける。
俺が、悩んでいない筈がない事を晶は知っている。 
祖父の事。これからの事。
そのせいで俺が眠れなかったのではないかと、彼女は思っているんだろう。

確かにそれは、ここ数日間の俺がもっとも悲しみ、思い悩んでいた事だった。
――そう、ほんの2日前の夕方までは。

「…さんきゅ。大丈夫だよ、俺は」
 無理やりにでも、何とか笑顔を作ってみせる。
彼女に心配をかけないように。彼女の笑顔が曇らぬように。
「…ん。なら、いいけど…。本当に、無理はしないでね」
 それで安心してくれたのか。
それとも、これ以上言っても無駄だと判断したのか。
晶はそれ以上深く追求せず、表情を笑顔に切り替える。
「…ちょっと、急ごっか。急がないと遅刻しちゃうよ」
「おう」
 俺の返答に、晶は再度俺の前を早足で歩きはじめる。
晶の視線が外れた途端、俺の笑顔は霧散した。

…だって、憶えている。

俺が晶を殺した事を。

刃が肉を貫く、その感触も、絶望も。

否応なく、思い出す。

―――晶は、もう死んでいるのだと。

 走馬灯使い。
殺人鬼の使う、死体に仮初の命を与えるESP。
その力を施された肉体は死ぬ当日の状態に再生され、生前の性格や知識に従って言動するというものだ。
その後、誰の邪魔も無ければ、数日後には穏やかで自然な死を迎えるのだという。
俺を助けてくれた灼滅者たちは、そう説明してくれた。
その説明を受けた上で、俺は。
それを晶に施してくれるよう、彼らに頼んだのだ。

今度は、笑ってさよならを言いたいから。

俺はそう、彼らに告げた。
それは半分正しくて、半分正しくない。
正確には……晶に。
最後は笑って逝って欲しいんだ。
あんな――酷く惨い終わり方ではなく。

けれど、たったそれだけのことが、こんなにも難しい。
俺は早くも、挫けそうになっていた。
だって。だってそうだろう?

――再生された晶は、俺に殺された事を覚えていなかった。
ある意味、当然だ。
死ぬ前の状態に再生されるのだし、死んだ本人が死の瞬間を覚えているのなら、穏やかな死を迎えるどころではないだろう。

何も知らずに笑顔を向けてくれる晶に、真実を告げて謝罪したかった。
だが、それは俺の自己満足にしかならない。
晶が”穏やかな死”を迎える為には、それは絶対にしてはいけない事だった。
――それに。
彼女がもう死んでいる事を思い出したら。
この魔法は、仮初の命は。その瞬間に消えてしまうのではないかという事が何より怖くて。

だから俺は、いつもの日常を過ごす。
いや。以前よりほんの少し、晶への愛情を素直に示しながら。
終わりの時まで、彼女に笑顔を浮かべてもらう為に。

――彼女を殺した俺に、笑顔を向けてもらう資格などないのに。
こうして傍にいる事すらも、許されないかもしれないのに。
胸に渦巻く悲しみと後悔と自己嫌悪。晶への愛情。
心の整理をする暇すらない。
重い十字架に潰されそうになりながらも、俺は彼女の笑顔に応えなければいけない。
それはある意味、拷問だった。
自分が殺した愛する人が、もう一度死ぬのがわかっていながら、知らんぷりして笑顔を見せるなんて。本当は、泣いて、叫んで、わめいて今にも頽れそうなのに。
――それでも。それでも、俺は、やりとげないと。
苦しい。
苦しいけれど、もう二度と闇には堕ちない。
これくらいが、何だというのか。
俺の犯した罪を考えれば、そんな弱音は許されない。
それに、俺には、晶がくれた最後の言葉があるから。

晶のために出来る事があるのなら、それを全力でするだけなんだ。

        ◆

「帰ろ、ハル」
「…ああ、そうだな。帰ろう」
 そして今日も、いつも通りの帰路につく。
沈みかける夕陽が、二人の影を長く延ばす。
その影は、ほんの少しの微妙な距離を取りながら、交わる事はなかった。

 俺たちは、手を繋がない。
恋人同士としては当然の行為でも、俺はそれをしようとしたことはない。
晶が『男性』を意識させる行動に怯えるからだ。

隣を歩きながら、触れそうで決して触れる事のない手と手。
ほんの少し伸ばせば届く指先。

――触れたい。
今までよりも強く、そう思う。
晶といられるのは、あと僅かなのだから。
最後にそのぬくもりをこの手に感じたい。

けれど、それを俺はぐっと我慢する。
それは俺の我侭に過ぎない。そんな事をしても晶を傷つける事にしかならない。
そんな欲望をぶつける為なんかに、俺はこの時を望んだんじゃないんだ。

だけど。
だけど、それでも、ああ。
離したくないんだ、君のこと。

もう、晶の命は失われていて。
これは偽りの時に過ぎないのだと分かっていても。
こうして傍で晶の笑顔を見ていると、あの悪夢こそが幻で、今この時が真実なのだと、そう思いたがっている弱い自分を見つけてしまう。
自分が犯してしまった罪など棚に上げ。
ぎゅっと晶を抱きしめて、晶が消えないよう、ずっとここに留めておきたいと、そう願ってしまう――。
 指先までのほんの数センチ。
伸ばす事の出来ないその距離が、たまらなく切なかった。

「ハル!!」
「!?」
 耳元で聞こえる、少し大きい、晶の声。
それで俺は、我に返った。
目の前には、心配そうに俺の顔を覗き込む、晶の顔がある。
「大丈夫?今すごく…悲しい顔、してた」
 …むしろ、泣きそうなのはお前の方だろ。
そんな風に突っ込みたくなるくらい、晶の瞳は泣きそうに震えていて。
それだけで、彼女がどれ程までに俺の事を心配し、想ってくれているのか、痛いほどに伝わってくる。
そして、その瞳を見て。俺は、不意に幼い日の記憶を呼び覚ましていた。
「…そんな顔しなくても、俺は花にはならないよ」
「…!それ…。覚えて、たんだ…」
「忘れるわけないだろ。…俺は、晶に救われたんだから」

 ――幼い日の記憶。
事故で両親を亡くし、毎日ふさぎ込んでいた俺。
そんな俺の傍に、ずっといてくれた少女がいた。
毎日、毎日。
雨の日も、風の日も。
ただ、俺の傍に居てくれて。
それは俺にとってとても支えになったけど、それでも俺は立ちあがる事が出来なくて。
 そんなある日。
俺の服の裾をきゅっとつかんで、泣きそうな顔で晶が言ったんだ。


『ねぇ。そんなに泣いてばかりいたら、お花になっちゃうよ』
『…花?』
 突飛な晶の発言に、幼い俺は怪訝そうな瞳を晶に向けた。
『うん、お花』
『…なんだよ、それ』
『あのね。この間読んでもらったお話でね。
大好きな人が死んじゃって、ずっと悲しんでいた男の人がいたの。
それで、その人、最後にはお花になっちゃって…』
『…いみわかんない』
 晶の語るお話は、大事な所が色々と抜け落ちすぎていて、全くもって意味不明だった。
恐らく、晶自身も一度聞いただけでうろ覚えだったんだろう。
成長した今考えれば、花になる、というのは話的にはむしろ救いなのだろうと思う。
でも、幼かった当時の晶には、人が花に変わってしまうという事がひどく恐ろしい事に思えたに違いない。
『わたしは、ハルくんがお花になっちゃったら、いやだよ…』
 ぽろぽろと涙をこぼしながら、震える声でそう漏らす晶を見て。
俺はようやく、立ち上がっていた。
いっていることはまったくわからない。そんなこと、ありえるわけがない。
だけど、晶がそれを恐れるのなら。それでひどく悲しむというのなら。
ただ、その涙を止めてやりたくて。
『ならないよ。おれは男なんだから、花になんかなりたくない』
『…ほんとう?』
『ほんとうだよっ。だから、もうなくなよ。おまえが花になっちゃうぞ!』

「だから…大丈夫だよ。俺にはいつだって、晶がいる」
 そうだ。
何時だって、どんな時だって。晶が俺の傍に居てくれた。
晶がいたから、俺は前を向けた。
晶がいたから、どんなに辛い事があっても笑うことが出来た。
彼女がいたから、ここまで来ることができたんだ。
 わかっている、つもりだった。
だからこそ、俺は。彼女を俺から遠ざけようとした。
彼女のこれからが、俺なんかの存在に引きずられる事のないように。
俺に笑顔をくれた彼女が、これからも笑顔で幸せな時を過ごせるように。
 だけど、違う。
違ったんだ。俺は何もわかっちゃいなかった。

――彼女にとって、あなただけは特別だった。それだけは信じてあげてください。

 俺を助けてくれた、灼滅者の言葉が耳に蘇る。
何時でも、どんな時でも、俺の傍で俺を支えてくれた女の子。
俺の悲しみを、自分の事のように受け止めて、必死に癒そうとしてくれた。
それ程までに俺の事を心配し、強く、強く想い続けてくれた彼女を遠ざけようなんて。
闇堕ちとか、そんな事を抜きにしても、無理がありすぎたんだ。
俺にとっても。…そしてきっと、晶にとっても。
そんな事に、今更になって気が付くなんて。

 自嘲気味に浮かべた笑みは、晶の目にはどう映っただろう。
晶の顔に、笑みは戻らない。
「…ごめん。まだちょっと、心の整理ついてなくてさ。けど本当に、晶がいてくれて、救われてるんだ」
 これ以上誤魔化すよりは心配をかけないだろうと、俺はそう告げる事にした。
嘘は言っていない。…真実も、告げてはいないけれど。
「…うん。朝も言ったけど…無理だけは本当にしないでね。
…私が、ほんの少しでもハルの救いになれてるのなら。私は何時でもハルの傍に居るから。…ずっと、ずっと」
 ずっと。
だけど、もう、晶に未来は失われている。
晶は、その事を知らない。
その事にまた、ひどく胸が痛むけれど。
これ以上俺の感傷で、彼女の心を沈ませる訳にはいかない。
「…ありがとう。なーに、大丈夫だって。…ほら、寝不足も続いてたしさ。
帰って今夜一晩ぐっすり寝れば、またいつもの俺に戻れるさ!晶の方こそ、そんな顔してるとお前が花になっちゃうぞ?」
 なんとかニッと、笑ってみせる。
晶はそれでも心配そうだったけれど、ぎこちなく微笑んでくれた。
「…うん。また、明日。今日はゆっくり休んでね」
「ああ、また明日な」
 いつの間にかいつもの分かれ道。
俺は振り返らずに、家へと足を向けた。
――きっと、晶は俺の背中を見守っているのだろうと、容易に想像がついたから。



◆3日目

 いつも通りの帰り道。
いつも通りの夕暮れが、二人の影を長く路地に伸ばす。
今日は何とか、いつも通りの俺を演じる事が出来たと思う。
退屈な授業を受けて、晶の弁当を食べ、騒がしい栗原に突っ込みを入れる。
他愛もないやり取りに、晶もまた、笑みを見せてくれる。

 この時はいつまで続くんだろう。
本当は、もう終わっているはずの時間。
本来ならば絶対に許されるはずのないロスタイム。
走馬灯使いを使った灼滅者自身も、効果がどれほど続くのかはわからないようだった。
けれど、『数日』。
そう言った以上、10日や1週間も続くようなものではないだろう。
別れの時は、刻一刻と近づいているはずだ。

「このまま…」
 時が止まればいいのに。
そんな虫の良い願いを、俺は抱く。
幸せな時を断ち切ってしまったのは、他でもない、自分の弱さだというのに。
「…?何か、言った?」
「何でもないっ。…前に比べると大分日が落ちるのも早くなったな」
 俺は慌てて、空を見上げる。
夜と夕方の狭間の時間。
空に夕焼けの色はまだ残っているのに、うっすらと星が輝き始めている。
「…そうだね。夏はまだまだこれからだけど、夏至からもう日は短くなっていくもんね」
「この間まで春だと思ってたら一気に夏で、すぐまた秋か…季節が経つのは本当に早いよな。…ふ。歳は取りたくないもんだぜ」
「歳って…ハル、私と同い年なのに。…ハル、ハルかぁ」
「…俺がどうかしたか?」
 連呼される俺の名前に、首をかしげる。
晶は一瞬きょとん、とした後…笑って首を振った。
「ごめん、違うの。季節の春の方。昨日、花になっちゃう神話の話をしたでしょ?
あのお話のお花ね。プリムローズ、っていうんだって。日本で言うと、サクラソウだね」
「へぇ。…調べたのか?」
「うん。大きくなってから、あれは本当はどんなお話だったんだろうって、気になって。
探して、読んでみたの。…花になるっていうのは、怖い事じゃなかったみたいだけど」
「話を知らなくても、その辺は何となくわかるな。可哀想な魂を星にするとか花にするとか、神話の類じゃ多いもんな」
 どうやらその辺りは、俺の予想通りだったらしい。
…花になるのが救いであるのなら。
晶が傍に居なくなっても。俺はやはり、花にはなれない。
救いなど、俺には許されるはずもないのだから。
 けれど、そこでまた俺は首をかしげた。
「…で、それと春とどんな関係があるんだ?」
「春の花なの。プリムローズって、春一番に咲く花っていう意味なんだって。清楚でかわいい花なんだよ」
「なるほど。…縁のある花だし、ちょっと気になるな」
「それじゃ、春になったら、一緒に見に行こう?」
 春になったら。
晶にもう、春は来ない。
わかっていて、俺は果たせない約束を、彼女と交わす。
「…ああ、そうだな。行こう」
「うんっ。…プリムローズって、西洋では棺に飾る花でもあるみたいなんだけどね」
 棺、という死を連想させる言葉に一瞬、どきりとする。
思わずはっと晶の方に目を向けたその瞬間、何かに躓いたのか、晶の身体がぐらり、とそのバランスを崩した。

「危ないっ!!!」

 咄嗟に、抱きかかえるように、その体を支える。
腕の中に収まる、晶の華奢な体。
とくん、とくんと響いてくる鼓動。
ふわりと香る、優しい髪の匂い。
晶の全てが、今、俺の腕の中にある。

 ―――限界、だった。

「…っ!!!」
 気付いた時には強く、強く抱きしめていた。
「ハル…?!…や…っ」
 抗議の声も、耳に入らない。
今はただ、腕の中の愛しい人を。
片時も離したくなくて。この温もりを、ずっとここに留めておきたくて。

「…………」
 ――震えて、いる。
一瞬だったのか、それとも、長い時間が経っていたのか。
自分でもわからないけれど。
気付けば、俺の腕の中で、晶は身を震わせていた。
それに気づいて、俺はようやく我に返る。
「ごめん…っ!!」
 一気に青ざめる。
何て事をしてしまったんだろう。
晶が『男性』を恐怖している事は、何よりよく知っているはずだったのに。
この時を望んだのは、晶に笑顔で逝って貰う為だったはずなのに。
俺は結局、俺の想いだけをぶつけてしまっていた。
俺は、この上どれだけ晶を傷つけて――!

「!?」
 慌てて身を離そうとする俺と、不意に顔を上げた晶との視線が交差したのは、一瞬。
きゅ、と離さぬよう俺の制服を掴んだ晶が、俺に顔を近づけ―――


柔らかい何かが、唇に、触れた。


 ――それが晶の唇だったと気が付いた時には、晶はもう俺から身を離していた。
しばらく、無言の時が続く。夕暮れの空気を満たす静寂を、最初に破ったのはやはり晶だった。
「やっと、出せた」
「え…」
「…勇気」
 そう言って、晶は。
恥ずかしそうに頬を染めながらも、まっすぐに俺の方を向いて、優しげな微笑を浮かべる。
「大好きだよ、ハル」
「…ぁ…」

 ――その台詞は。
俺を助けてくれた灼滅者たち。
彼らから告げられた、生前の晶の最後の台詞と全く同じものだった。


――最後まで勇気を出せなくて、ごめんね。こんな私に付き合ってくれて、ありがとう。
――大好きだよ、ハル。


 思わず、涙がこぼれる。
これが、偽りの時だとか。俺の犯した罪だとか。
そんなものは何もかもが吹き飛んで。
俺は、ただ。

「…俺も」

俺の中の素直な気持ちだけを、口にしていた。

「俺も大好きだよ、晶」

これまでも。そしてこれからも。
ずっと君の事だけを。
―――永久に。



交わる事のなかった2つの影は、もう一度だけ、その姿を一つにしていた―――。





        ◆

 もうすっかり、日は暮れていた。
そっと手を繋いで、俺たちは帰路についていた。
言葉はない。
けれど、その静寂はとても温かなものだった。
 そしてまた、俺たちは、いつも分かれ道に辿り着く。
絡めていた手をそっと解くと、晶は鞄を後ろ手に、俺に向き直った。
「バイバイ、ハル」
「え…」
 晶の別れの挨拶は、いつでも「また、明日」だ。
再会の約束のない挨拶は、どこか寂しいからだと以前に聞いた事があるような気がする。
なのに…バイバイ?
(まさか…)
息を呑む。
覚えて、いるのか?
もう、自分が死んでいる事を。
――俺に酷い言葉をぶつけられ、命までもを奪われてしまった事を。
 だけど。
晶が浮かべているのは優しい微笑で、そこには怒りも悲しみも、憎しみも。
どんな負の感情も感じられない。
だから、俺にそれを問う事は出来ない。
もし、偶然口にしただけだったなら。
彼女の笑顔が崩れてしまうかもしれないから。
 だから。
「ああ、さよなら、晶」
 万感の思いを込めて、そう告げる。
精一杯の、笑顔を浮かべて。

――ありがとう。
忘れないよ。晶がくれた想い出も。想いも、全て。

晶は最後まで、優しい微笑を浮かべたまま。
小さく手を振って、宵闇の向こうへと消えて行った。


――彼女の母親が、眠るようにして亡くなっている晶を見つけたという報せを受けたのは、その翌朝の事だった。


        ◆

 俺は、一之瀬家に引き取られる事になった。
祖父を亡くし、天涯孤独となった俺。
最愛の一人娘をなくしてしまった晶の両親。
元々家族ぐるみの付き合いがあった事もあり、晶の両親が、それを強く望んだ。
――晶の両親から、娘を奪ってしまったのは、他でもないこの俺だ。
そもそも血縁ではないのだ。
どちらの親族からも、反対の声が上がるだろう。
けれど、俺はそれを受け入れた。
晶の両親がそれを強く望むのなら、それに応えるのも俺の義務だと思ったからだ。
それもまた、俺の贖罪の一つ。
晶の両親が、俺の姿を見る事で晶を思い出し、辛くなったり、過去を引きずってしまうような事になったなら。
その時こそ、本当に彼らの前から姿を消せばいい。
…もっとも、どちらにしろこれからは武蔵坂学園の寮で暮らす事になる。
彼らと会うのは、長期休みの時ぐらいなものだろう。
「…」
 晶の墓前に、手を合わせる。
しばらくは、ここにも来られない。ごめんな、とポツリ呟いて。
春になったら、プリムローズをここに供えよう。
それが野の花なのか、花屋で買い求めるような花なのか、今の俺はまだ知らないけれど。必ず。
俺はそう、心に誓った。





~背後あとがき~
 そんな訳で、春人が救出されたリプレイ『君のためにできること』の後日談です。
春人をブログに連れてくるまでは、このSS単体でサーバにあげて参照URLにリンクさせていました。
リプレイ内で使用されたESP『走馬灯使い』によって仮初の命を得た晶と最後の3日間を過ごすお話。
死者に仮初の命を与える事の是非に関しては各々の価値観によって賛否両論あるかと思われるので、その点についてはあえて触れません。
ただ、リプ内で春人はそれを望み、実際に使用されたという事実があるので、それに基づき、書いてみました。
ややリプレイの彼とはイメージが違ってしまったかもしれませんが…。
MS様の想定と違った感じになってしまっていましたらご容赦を。
コメントのキャラ設定には「お調子者」とあったので、普段の彼と深刻な展開だったリプとは印象が違ってもおかしくはない!…はず(弱)
 また、『走馬灯使い』に関しては、数行のESP説明以上の詳細は全て不明なので、背後の想像が多分に含まれています。公式とは違う点が多々あるかもしれませんのでお気を付け下さい。
『本人が死の瞬間を覚えていない(自分が死んでいる事を自覚していない)』『機械的に生前の行動をなぞるのではなく、自我があり、本人そのものとして行動している(その上で生前の彼女自身が出来なかった事すらできている)』辺りは私が勝手に決めた設定です。
もっとも、前者に関しては曖昧にしてありますけれども。
SSイメージソングは『風のなかのプリムローズ 』
(MADで使われているものを聞いて知った曲なので、元々使用されていた作品については全く知りません)
駄文ゆえ、普通に読んでいると途中で投げ出したくなるかもしれませんが、この曲を聴きながら読めば素敵曲効果で最後まで読み切れるかもしれません(笑)
書く原動力となったのがこの曲で、書いている時に実際に聞いていた時間が長かったのはリトバスの『ともしび』という曲の方ですが。
…ちなみに、このSSを書いた時に一番悩んだのは何かといいますと。
「これいつの話だよ!?」という(笑)
SSでは普通に登校しておりますが、元依頼の相談開始日、リプレイ公開日共に全国どこの学校でもバッチリ夏休み期間中です(笑)
しかしながら、依頼の舞台は『放課後』の屋上。夏休みにたまたま来ただけなら放課後とは言わないでしょうし。
せめて相談開始日とリプレイ公開日のどちらかが外れていれば悩まずに済んだのですが…ちょうどすっぽりはまる期間内(笑)
色々考えた結果、「細かいこと気にしたら負けだ!」という結論に落ち着きましたw
PBWは一応リアルタイムといえど、半リアルタイムという感じで完全に同じ時間が流れている訳ではありませんし。
依頼や学シナも、公開日に内容を合わせているものからそうでないもの、相談開始日や公開日に関わらず期日指定なものまで千差万別ですからね。
リプレイが公開されたのはお盆最終日ですが、このSS内設定では春人が闇堕ちして救出されたのは夏休み直前くらいの時期という事にさせていただきました。
そんなアンオフィシャル許せない!という方は、春人は補習で登校していて晶はそれに付き合っているとか、適当にどこかを脳内改変しておいてください。何日、という日付を明記していないので、ぼかせばオールOKだと思っています(そんなw)
また、基本的にこのSSを何度も読みにくるような方はいないと思うので、今訂正したところで激しく手遅れなのですが。
…このブログに載せる前、SS単体で公開していた頃ですが、『晶』と表記すべきところが数か所『ハル』となってしまっていました…orz
個人的に『ハル』=女の子、というイメージが強かったもので、つい。
多分最初のころ読まれた方は混乱されただろうなぁ…(汗)
今は修正しましたが、もしかしたらまだ残っているかもしれません。文の流れでこの名前だとおかしい、と思う所がありましたらそっと脳内変換していただければ幸いです…。


と、まぁそんな背後の馬鹿失敗はさておいて!
最後に。素敵リプレイとキャラを下さったMS様には心より感謝申し上げます(ぺこり)
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